計算ミスをなくす唯一の方法は、無意識を改善することにある。

計算ミスをなくす唯一の方法は、無意識を改善することにある。

2015年6月3日
勉強法
塾の日常

中2生クラスの計算力が非常に怪しくなっています。毎回の数学の授業冒頭で実施している10問テストの出来がマズいです。5月の中2生の10問テストの平均点がヒドすぎたので、6月は5月よりもかなり簡単にしてみたものの、なかなか点数は改善されていません。

参照:中2生10問テスト6月1回目(←昨日の中2生のクラスで実施した実際の10問テストです。これを10分〜13分で解きます。)

中2生にいつも言っていること

10問テストのやり直しの時、

「計算ミスをした」→「もう一度計算してみよう」→「今度はできた!もう大丈夫」

このプロセスをひたすら繰り返していても、残念ながら計算ミスは減りませんし、計算力は鍛えられません。

「計算ミスをした」→「どこで間違ってしまったのか見てみよう」→「同じところでミスしないようにもう一度計算してみよう」→「今度はできた!自分がミスしやすい原因はコレだな」→「今度からはコレに気をつけよう」

このプロセスを踏んで初めて、計算ミスは減っていくのです。

計算ミスは無意識下で起こる

計算ミスというのは、ほとんどの場合、自分でも気がつかないうちに、つまり「無意識」のうちにしてしまいます。計算ミスを減らすには、「無意識」でしてしまっているミスを、一度「意識的」に掘り起こし、「意識的」に修正するという作業が必要になります。「無意識」のミスを、また「無意識」のまま計算し直して、もしも今度は正解できたとしても、それは偶然「無意識」のミスが出なかっただけにすぎず、根本的な解決にはなりません。

無意識のミスを意識的に掘り起こすという作業が、分析です。先ほどのプロセスの、「どこで間違ってしまったのか見てみよう」というものです。自分の途中式を一つひとつ辿りながら、ミスの原因を突き止めます。ミスの原因を突き止めたら、「なぜそのようなミスをしてしまったのか」の原因を考えるのです。

計算ミスの多い生徒がテストのやり直しを持ってきたとき、よく「なぜこの問題を間違ったのか」を聞くことにしています。そうすると、「焦っていたから」「数字を書き間違ったから」などという答えが返ってくることが多いのですが、この分析は不十分です。例えば、焦っていたからミスをしたとします。では、焦っているときに、自分はどういうミスをしやすいのか。約分で間違うのか、筆算で間違うのか、符号を忘れやすいのか、そこまで考えて突き詰めないと、また焦ったときに同じミスを繰り返します。

無意識のものを意識的に修正するためには、ミスの原因をハッキリと「見える化」する必要があります。人は見えないものには対処できません。「見える化」するためには、こういうミスをすると具体的に言える状態にしないといけないのです。

意識的に修正したものを無意識に落とし込む

無意識でしていたミスの原因を突き止め、意識的に修正したあとは、またそれを無意識に落とし込むことが必要になります。無意識を言い換えると「癖」です。無意識でミスをするということは、ミスをする癖が付いているのです。一度ついてしまった癖は、そう簡単には治りません。たとえ意識的に修正できたとしても、気を抜くとすぐに悪い癖が復活してしまいます。

癖を治すためにはどうすればよいのか。無意識のミスを意識的に修正した後、しばらくはかなり意識しながらミスに気をつけて計算練習をするのです。意識的な練習を繰り返していくうちに、だんだんと意識しなくてもミスをせずに計算できるようになるでしょう。それが、「また無意識に落とし込む」という状態を指します。

サッカー日本代表のGKの川島永嗣選手も、あるインタビューの中で、

「意識の連続が無意識を生む」

という言葉を残したそうです。

癖を意識的に治しながら、無意識に落とし込めるまでは、かなりの時間と練習を要します。だから、「10問テストを毎日1枚ずつ繰り返せ」と言っているのです。毎日10分〜15分でも良いので、無意識にできるレベルにまで練習することなくしては、計算力は一向に鍛えることができず、定期テストや入試本番で、痛い目を見ることになります。

まとめ

別に計算だけでなく、無意識を改善するというのは、一生の財産になります。人間は習慣の生き物です。ほとんどの行動(ある文献では人間の行動の90%以上)は無意識下で行われてます。ということは、無意識を改善することができれば、習慣を改善することができ、人生がより豊かなものになるはずです。学力も同じです。今以上に成績を上げたいのなら、難しいとされる志望校に行きたいのなら、自分の中の無意識の部分を改善し、無意識レベルを上げることしかないのです。

アインシュタインの名言の一つに、

学校で習ったすべてのことを忘れてしまっても、なおまだ残るもの、それが教育だ。

という言葉があります。もしかしたら、「なおまだ残るもの」とは「無意識」を指すのかもしれません。