勉強のやる気さえも、クソつまらない基礎の反復の上に成り立っている。

勉強のやる気さえも、クソつまらない基礎の反復の上に成り立っている。

2014年10月29日
教育論
塾長の教育論

昨日書いたエントリー。ちょっと思うことがあり、その続きを書いてみたいと思います。
Head in Hands

勉強の面白さについて

「先生、うちの子に勉強の面白さを教えてやってください」
「勉強の面白さが分かってくれたらいいなと思います」

特に学年の低い生徒の保護者の方からよくこのように言われるが、小学生などの学年の低い生徒がまず身につけなければいけないことは、勉強の面白さではなく基礎学力にあると思っている。そもそも、小学生で習う内容というのは、これから一生続く勉強の基礎の基礎にあたる内容ばかり。ひたすら計算練習を繰り返したり、ひたすら漢字の書き取り練習をしたり、それこそ前回のエントリーでいう所の「クソつまらない基礎の反復」こそが小学生のするべきことだ。

勉強の面白さというのは、クソつまらない基礎の反復で築き上げた強固な土台の上にしか存在しない。これは勉強だけでなく何でもそう。サッカーが面白いと思うのは、サッカーの試合で自分の力を発揮できるから。試合で力を発揮するためには、パス練習やシュート練習、体幹作りなど、それこそ何百回何千回とクソつまらない基礎練習を繰り返し、基礎の動きを無意識レベルまで落とし込む作業が必要だ。

つまり、ある程度のレベルにならないと、サッカーも勉強もきっとつまらない。ある程度のレベルになってはじめて、面白さを感じられるようになるんだと思う。

面白さがやる気につながっていく

勉強が面白く感じられないからやる気がでないという人がいる。まあ、その半分は勉強に対する逃げからくるものなんだろうけれど、半分は勉強が面白くなるレベルまで達していないからそう思ってしまう。

勉強がつまらないと感じている人。
もう少し頑張ってクソつまらない勉強を続けてみよう。もうちょっと辛抱して、とことんクソつまらない勉強を反復しまくってみよう。そうすると、あるときふと出来るようになる。あれだけできなかった教科が、基礎の積み重ねでできるようになる瞬間が必ず訪れる。

そうすると、「問題が解ける面白さ」を感じることができるだろう。解けることが面白いから、もっとその科目を勉強してみようと思えるようになる。そうすると、勉強の内容がどんどん高度になっていき、やがては「学問としての面白さ」を感じられるようになるだろう。

つまり、勉強のやる気でさえも、クソつまらない基礎の反復の上に成り立っている。まったく基礎が分からない=勉強ができない状態で、いくらやる気を出そうと思っても無理な話だ。

だからやる気が出ないと嘆いている人に言いたい。

つまらない基礎の反復をとことん繰り返しなさい。つまらない基礎の延長線上には必ず面白さが待っている。そうすると、やる気なんて放っておいても出てくるようになる。つまらないところでずーっとくすぶっているから、いつまで経っても勉強が面白くならないんだ。