公立高校訪問4校目は湘南高校です。11月28日、冷たい雨が降り続き、傘を持つ手が雨に濡れジンジンとかじかむその感触に冬の訪れを感じる日、神奈川県私塾協同組合の取組として、湘南高校を訪問してきました。
湘南高校訪問はこれで2度目。うちの塾からこれまでに2人の卒塾生がお世話になっています(うち一人は現在進行形)。
少し遅くなりましたが、訪問レポートです。
<参照>
県下屈指の公立難関校、湘南高校の「伝統の力」とは:湘南高校を訪問したのでそのご報告。(2014年訪問記事)
100年間変わらない強さ
湘南高校は、1921年(大正10年)、神奈川県下6番目の旧制中学校として創立。2021年で創立100周年を迎える言わずと知れた神奈川県の伝統校の一つだ。
初代校長に着任し、着任以来27年に渡って、「文武両道を基本とした日本一の学校に」をスローガンに湘南高校の根幹を築き上げてきた人物が赤木愛太郎。
それから100年が経ち、元号が大正から昭和、平成、そして令和と移り変わっても、赤木愛太郎の像や肖像画が校内に点在しているように、湘南高校の教育の根幹の部分は今もなお、赤木校長が目指した学校像と何も変わっていない。
我々の訪問を対応してくださった23代目校長の稲垣先生も開口一番こう仰った。
「時代が変わると当然教育も変わっていく。それに合わせて教育内容や組織はその都度柔軟に変えてきましたが、湘南高校の考え方の根幹は、赤木校長がこの学校を作られた頃から何も変わっていません。」
何事にも妥協せず
では100年間変わらない湘南高校の根幹とは、一体何なのか。
一言で表すならそれは「文武両道」になるだろう。ただ、同じように「文武両道」をスローガンに掲げる高校は県内の公立高校でも腐るほどある。湘南高校の「文武両道」は、「部活と勉強を両立させる」という単純な文武両道とは一線を画す。
湘南生にとっての文武両道は、ただ両立するという意味ではなく、何事にも100%の力を注ぎ込み、ハイクオリティなものを目指すということにある。
「文」を見てみよう。2019年度の大学合格実績は、東大19名/京大11名/東京工業大8名/一橋大17名など、横浜翠嵐と共にツートップとして着実に実績を上げている。ただ、湘南が「4年制高校」とよく揶揄されるように、希望の大学にこだわりが強すぎるがゆえ、浪人率が県立高校で一番高いという課題が残っていることもしっかりと付け加えておく。
「武」ではどうか。湘南生が強いのは勉強だけではない。部活動もハイレベルだ。陸上部や合唱部など全国大会レベルの部活動も数多く、メジャーどころのサッカー部野球部は県内の中でも強豪校の1つだ。ちなみに、野球部は過去に甲子園での優勝経験も持つほど。
稲垣校長「湘南生にとって、勉強するのは当然で、部活動にも学校行事にも真剣に取り組みます。それらを通して、精神的体力的に充実した上で受験を迎えることで、実績を出しているのです。」
過去、湘南高校の大学実績が「東大5名」など振るわない低迷期があった。大学実績に苦しんでいた時期、どの部活動も同様に結果を出していなかったという。
「その頃は、学校全体に『東大じゃなくてもいいんじゃないか』『早稲田慶應でも十分だろう』という雰囲気がありました。そういう雰囲気が教職員や生徒の間で蔓延すると、部活動も『こんなものでよい』という気持ちになってしまったんでしょうね。」と、稲垣校長は振り返る。
勉強にも部活にも、何事にも妥協せず、ハイレベルを求め続けること。それが、100年前から脈々と受け継がれる、湘南生にとっての「文武両道」なのだ。
日本一の体育祭「先輩たちを超えるんだ」
湘南高校のメインイベントは毎年9月に行われる体育祭だ。迫力ある大道具に意匠を凝らした小道具、鮮やかな意匠、一糸乱れぬ仮装演技と全力で翔ける運動競技。「うちの体育祭は日本一」と自負するほど、湘南生が体育祭にかける情熱と時間、労力は凄まじいものがある。そしてもちろん、そのクオリティたるや細部に渡って半端ではない。
湘南生は、この体育祭に向けて1年かけて準備をする。中でも運営の中心となる3年生は、夏休みは朝から夕方までほぼ毎日登校し、体育祭の準備や練習に明け暮れる。3年生の夏休みの大半を、受験に向けた勉強ではなく、9月の体育祭のために費やすのだ。もちろんこれは学校の指示ではなく、生徒が自主的に行っている。
そしてこのビッグイベントが終わった9月から、一気にスイッチを受験モードに切り替える。そして短期間の受験勉強で、彼らはあの実績を叩き出す。
稲垣校長は言う。「彼らにとっての最大のモチベーションは、体育祭でも大学実績でも先輩を超えることなんです。1年生2年生のときに、色んなことを高いレベルでやってのける先輩たちの背中を見ているので、それを超えるんだという意識が強く働き、9月からは一気に受験勉強を頑張るんです。」
これぞまさに名門校だけが有する伝統の力だろう。先輩から脈々と受け継がれてきた伝統を引き継ぎ、それを越えようと切磋琢磨することで自分が磨かれる場の力。公立高校私立高校問わず、歴史のある名門校にはそんな場の力が必ず存在し、場の力によって生徒は成長する。
湘南生に求められる資質
このように、勉強はもちろん部活に学校行事に全力で、しかもハイクオリティを求めて取り組む湘南生の毎日はとにかく忙しい。あまりにも頑張りすぎる生徒が多いので生徒が疲弊していないか校長先生が心配していらっしゃるほど。
体育祭以外の学校行事も盛んなようで、「対組競技」と称する学年を越えてのクラス対抗の球技大会がなんと昼休みに行われている。それこそ昼ごはんを食べる暇もないほどの忙しさだ。
ただ、それを湘南生は悲壮感たっぷりに忙しくしているのではなく、皆楽しんでやっている。稲垣校長も、「うちの生徒は自分たちで楽しさを創り出すことがとにかく上手なんです」と仰った。
与えられる楽しさではなく、楽しさを創り出す。そして大変なことにもチャレンジしようとする好奇心と、もちろんそれをやってのける器用さを持ち合わせた生徒が、湘南生に求められる資質なのだなと感じた。
それは湘南高校の入試にも象徴されている。
他の学力向上進学重点校が軒並み特色検査の割合を2割に設定している中、湘南だけはずっと1割に設定している。稲垣校長にその理由を問うたところ、このように述べられた。
「特色検査を2割にすると、5教科の学力検査である1教科を失敗しても、特色検査の点数が高かったら合格してしまう。特色検査で高得点をとれるようなちょっと尖った生徒ではなくて、5教科のどの科目も高いレベルで仕上げてきている生徒の方がうちの雰囲気に合う。だから、特色を1割にしています。」
5科目だけでなく技能科目を含めてどんな科目でも器用にこなせる好奇心、器用さ、そして能力を持ち合わせた人がたくさん集う場が、湘南高校ということなのだろう。
まとめ
当塾の中でも、毎年トップ層の生徒は必ず湘南の学校説明会や体育祭に足を運ぶ。そしてその結果、湘南をとても気に入る塾生と、逆にひどく敬遠する塾生とに綺麗に分かれてしまうのが湘南の特徴だ。
これだけの特徴と伝統を持つ高校だ。子どもの性格により、合う合わないは確かにある。とても良い高校だとは思うが、だからと言って無条件に万人に勧められる高校ではない。
でも、もし湘南に少しでも心惹かれたならば、湘南の指導方針(Always do what you are afraid to do)のように、たとえ苦しい挑戦であっても目指す価値のある高校だということは断言する。