まずはこの文章を読んでください。
そこで、ため池ではかつて「かい堀り」が毎年秋に行われていました。池を干し上げ、底にたまった泥、つまり土砂とデトリタスを除去する作業です。そしてそのついでに、もともと稚魚として放流したフナやコイを収穫していたのです。このかい掘り作業により、ため池の水質が保たれると同時に、翌年の稲作に必要な水が保証されていたと考えられます。湖沼遷移の初期状態に人が揺り戻していたと理解すれば良いでしょう。ですから、現在各地で行われているダム湖の土砂浚渫は現代のかい掘りともいえるでしょう。ただし厳密には、これはかい掘りではありません。泥を陸上にあげてこそのかい掘りだからです。陸上にもちだすことにより、底泥が十分な大気と光にさらされ、そこではじめて、酸素不足で還元状態に陥っていたデトリタスの無機化が一気に進むからです。
これは今年の春に行われた、横浜翠嵐高校の特色検査の【課題1】のリード文の中の一段落です。実際の問題の文章は、15段落から構成されています。上のようなレベルの文章が15段落も続いてくのです。横浜翠嵐の特色検査の分析の記事はまた稿を改めるとして、今日話題にしたいのは、高校入試レベルで求められている語彙力についてです。
語彙力がないとできないこと
読書経験が少なく、言語能力が低い中学生は、まず上のような文章は読めません。字面を目で追うことができたとしても、内容はまるで理解できません。その一番の原因は、文章中で使われている語彙そのものを持ち合わせていないからです。
この段落だけでも、「除去」「稚魚」「湖沼」「遷移」「揺り戻す」「土砂浚渫」「還元状態」「陥る」「無機化」と、普段の日常会話では決して使わないような言葉がたくさん登場します。言葉の意味が分からないので、文章を読んでもその内容を頭の中にイメージすることができません。イメージとは、言い換えれば想像力です。文章に表現してある中身を、具体的に、場面や情景として想起し、再構築する力です。それができないと、思考することができません。つまり、「次の文章を読んであとの問題に答えよ」というようなテストの問題に対して、そもそも文章自体を理解できないのだから、あとの問題に答えられるわけがないのです。
今回は神奈川の県立高校トップの横浜翠嵐の特色検査というかなりのハイレベルな文章を例に出しましたが、特色検査だけでなくとも通常の入試でも、通常の学習でも、教科書を読むことでさえも、「読んで理解できない」というのはそういうことなのです。
語彙を増やすためにできること
書物を読む
昨日の記事で紹介した本やブログでも、語彙数と学力は正比例の関係にあると述べています。それもそうです。人は言葉を使って思考する生き物です。言葉の数が多ければ多いほど、高度で複雑な表現が理解でき、また微妙なニュアンスを相手に伝えることができ、思考も豊かになります。
言語能力を高める第一歩は、語彙を増やすことにあります。語彙を増やすためには、やはり読書が欠かせません。先ほどの横浜翠嵐の文章の中に使われていることばも、書物を読むことによってしか獲得し得ない語彙が多く含まれます。テレビを見ていても、たとえそれがお堅いニュース番組でさえ、このような言葉を耳にする機会はあまりありません。書物を読むことなしに、語彙は増えていかないのです。
意図的に語彙を増やす
読書の他にもう一つできることは、語彙を意図的に増やす作業をすることです。
英語を例にすると分かりやすいと思います。英文を読めるようになるためには、まずは単語を知らないと始まりません。だから単語帳を使って定期的に単語練習をし、語彙を増やしていきます。英文を読めるようになりたいからって、単語帳の学習なしに英文ばかりを多読する学習は、中高生にとってあまり効率的とは言えません(一定レベルの語彙数を獲得した後なら非常に効率的ですが)。
日本語だって同じです。英語の単語練習のように、語彙を意図的に覚えていく学習をするのです。うちの塾でも、小学生・中学生のどちらも国語の時間に語彙の訓練をします。小学生なら出口先生の頭がよくなる漢字シリーズを、中学生なら国語力を高める語彙1560 (自由自在Pocket)を教材として使用しています。
参考:)おうちでできる小学生の国語力を鍛えるための市販テキスト第2弾
ただ、日本語の語彙と英語の単語の学習が違うのは、英語なら単語の意味を覚え、スペルを正しく書けるようにすることだけでも効果的ですが、日本語では、ただ意味を知っていたり漢字を正しく書けるだけでは不十分ということです。日本語では、新たに獲得した語彙を自由自在に運用できてはじめて、その語彙を使っての思考に耐えられるようになります。
日本語の語彙を勉強する場合、獲得した語彙を使って例文を書いてみるという勉強が効果的です。うちの中1生と中2生では、新しく覚えた語彙を使って例文を作らせ、それを講師が添削するという指導方法を取っています。
塾で実践している語彙力の増やし方
中2生の4月の語彙の学習内容を紹介します。
語彙を増やす
1ヶ月に50個ほどの新たな語彙を覚える。その際、類義語や対義語も同時に学ぶ。
(問題例)
- 「嫌悪」「士気」「緊迫」「懸命」「英気」それぞれの類義語2つずつ書け。
- 「独創的」「受動的」「逆境」「悪徳」「ドライ」の対義語を書け。
誤文訂正をさせる
次の文章の誤りをそれぞれ正す。
- 自分たちの実力不足を認めようとせず、いつまでも負けず嫌いを言う態度はみっともない。
- 軍隊では、規律を保つため兵士が上官に対して絶対盲従することが求められている。
例文を作成する
- 「ありきたり」「落胆」を使って20字以内
- 「不手際」「気に病む」を使って20字以内
- 「あえぐ」「懸命」「追討ち」を使って30字以内
1ヶ月にやることはざっとこんな流れです。読書経験が乏しい生徒が最も苦労するのが例文作成です。特に新しい語彙が3語の問題は、最初のうちはほとんどの生徒が壊滅的な状態になります。この例文が作成できるようになるためには、それぞれの語彙が持っている意味を正確にイメージする力と、それらを30字の中で意味の通る文章として構築する論理力を必要とします。
ちなみに、本をたくさん読む読書家の子であっても、書いてあることは理解できても記述問題ができないという生徒は少なくありません。そういう子たちが足りない勉強がこの例文作成です。読書を通してインプットした言葉をアウトプットする機会がないために、言葉を自分のものとして運用できないのです。
この語彙のテキストは高校入試用ですが、中には大人でも難しい問題も含まれています。一部抜粋して紹介しますので、是非挑戦してみてください。できれば親子で。どれも中3レベルの内容です。
- 「屈強」「圧巻」「強靭」を使って30字以内
- 「血迷う」「意に介さない」「根こそぎ」を使って30字以内
- 「沈滞」「インフラ」「寄与」を使って30字以内
- 「吹聴」「癒着」「重鎮」を使って30字以内
- 「辟易」「臆面もなく」「大言壮語」を使って30字以内
まとめ
2日続けて言語能力に関する記事を書きました。飽き飽きされている方もいらっしゃるでしょう。特色検査分析を楽しみに待ってくださっている方、ごめんなさい。
私は、どのようにすれば塾生の学力が伸びるかを毎日考えています。塾生の様子を観察し、入試問題を研究するほど、やはり最後は言語能力に行き着くのです。本当に学力を上げるためには、それが何の教科であっても、言語能力を高めることなくしては成し遂げられません。そのためには、やはり5教科の中で国語を最も重要視せざるを得なくなるのです。
今考えていることは、小学生対象の「読書会」です。本当は中学生でも読書会をやりたいのですが、部活動や学校の行事に忙しく、受験も控えた中学生にはそんな時間もゆとりもないでしょう。読書会を通して良書と出会い、よく考えられた本を一行一行読みながら著者の思考を追思考することで思考力を養い、語彙を獲得し言語能力を豊かにするのが目的です。形にできれば、このブログでもその様子を紹介していくつもりです。
繰り返しますが、学力アップのためには国語です。特色検査を突破するにも、その先の大学受験で戦うためにも、その後に社会に出た後も、基盤となるのは国語力です。その国語力アップのためには、語彙力が必要不可欠であること。まずはここから始めていかなければいけません。