結局インクルーシブ教育とは何なのか。疑問点と一緒に説明してみる。

昨日11月23日、南足柄文化会館で行われたインクルーシブ教育推進フォーラムに、実際のところよく分かっていなかったインクルーシブ教育を勉強するために参加してきました。

今回のブログでは、あまりよく知られていないインクルーシブ教育についてと、私が思う疑問点を正直にぶつけてみたいと思います。

批判があるだろうことは承知の上です。

そもそもインクルーシブって

インクルーシブ教育とは、障害のある子どもを含むすべての子どもに対して、子ども一人一人の教育的ニーズにあった適切な教育的支援を、「通常の学級において」行う教育のことです。

現状では、障害のある子どもは、特別支援学級や養護学校などの通常学級とは切り離された専門的な場で学んでいますが、インクルーシブ教育の目指すところは、障害のある子どももない子どもも、全ての子どもが同じ空間で学び合う環境ということです。

そもそもインクルーシブ(inclusive)という単語は、「すべてを含んだ、包括的な」という意味です。ちなみにインクルーシブ(inclusive)の対義語はエクスクルーシブ(exclusive)で、「排他的、閉鎖的な」という意味になります。そう考えると、「インクルーシブ」と名付けた意図がなんとなく分かるような気もします。

高校におけるインクルーシブ教育

昨年度発表された県立高校改革のなかで、県立高校におけるインクルーシブ教育推進校として、茅ヶ崎高校・厚木西高校・そして足柄高校の3校が県教委より指定を受けました。その選考方法と対象者を見ていきましょう。

  • 募集定員:各高校21名ずつ(入学後は通常の学級に3名程度ずつ在籍) いわゆる通常募集とは別枠で募集されます。
  • 選考方法:面接(60点満点)
  • 志願資格:次の条件を満たす生徒
    1. 厚木市立の13の中学校に通う生徒(厚木西高校)、茅ヶ崎市立と寒川町立16の中学校に通う生徒(茅ヶ崎高校)、南足柄市立・中井町立・大井町立・松田町立・山北町立・開成町立の9中学校に通う生徒(足柄高校)
    2. 知的障がいがあり、療育手帳B2を取得できる程度の生徒で、連携型中学校長からの推薦を受けた生徒

私も知らなかったので色々調べてみたのですが、療育手帳B2というのは知的障害の程度のことで、A1(最重度)・A2(重度)・B1(中度)・B2(軽度)の4段階のうち、最も軽度な段階がB2とのこと。

軽度知的障害は、おおむねIQが50~70の知的障害をさします。食事や衣服着脱、排せつなどの日常生活スキルには支障がありません。しかし言語の発達がゆっくりで、18歳以上でも小学生レベルの学力にとどまることが多いです。
参考:知的障害とは?等級別・年齢別の特徴と症状

障害のあるなしに関わらず全ての子どもが同じ空間で学び合うがインクルーシブ教育の理念としても、やはり言葉通り「すべて」というわけにはいかないのでしょう。生徒が住む地域・障害の程度等に、結構細かな条件があるように感じました。

私が感じたインクルーシブ教育についての疑問を率直に書いてみる

前置きしておきますが、私はインクルーシブ教育自体を否定するつもりは毛頭ありません。

フォーラムのプログラムの中のパネルディスカッションで、パネリストの1人である富士フィルムの人事部の方が、

「社会人になるまであまりにも障害者と関わりなく過ごしてきたせいで、最初は障害者の方とどう接したらいいのか分からなかったし、障害者の方達に対する誤解もたくさんあった。」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思います。

障害者の問題だけでなく、性的マイノリティの問題や他の社会的弱者の問題だって、結局根幹にあるのは「切り離され、排除されてきたことから、正しく知られていない」ことだと感じています。インクルーシブ教育は、人間の多様性を認める教育だと認識しています。それは絶対的に正しく、また絶対的に必要です。

その上で。

あえて、今回の県立高校改革におけるインクルーシブ教育についての私なりの疑問と問題点をぶつけてみたいと思います。

高校はそもそも「同質」が集まる場として機能している

そもそも、学力や内申点によってふるい分けられる選抜試験を経て入学する高校という場所は、基本的に似たような学力層・似たような目的を持った生徒の集合体です。似たような学力層の集まりだからこそ、それぞれの学校特有の教育活動がしやすいのが高校という場所なのです。

インクルーシブ教育の理念は「共生社会」ですが、選抜試験がある高校は、多種多様な人間が共生する場ではないような気がします。むしろ、インクルーシブとは相反する「限定的な集まり」です。そのような場で、インクルーシブ教育が上手く機能していくのか、インクルーシブ教育だけでなく、従来の高校の役割は今まで通り機能していくのかという懸念があります。

参考:進学校ほどいじめが起きにくいと思います

専門的な教育機関の方が手厚い教育を受けられるのではないか

フォーラムで初めて知ったのですが、養護学校では、企業や公的機関に就職した卒業生に対して、卒業後最低5〜6年は定期的に職場を訪問したり、人事担当の方と密にコンタクトをとるなどをして、卒業後もアフターフォローをするそうです。もちろん、養護学校在籍時にも、企業側と密に連携をとりながら、就職を希望する生徒を全面的にバックアップをしているとのこと。

このような手厚い支援が、通常の公立高校で果たして可能なのだろうかという疑問があります。インクルーシブ推進校の1つである足柄高校は、卒業後に進学する生徒の方が多い高校です。そのような高校で、就職を希望する生徒に対しての養護学校のような手厚さの支援体制が果たして整っているのか。もし整っていたとして、卒業後5〜6年、卒業生の定期訪問が可能なのか。もしそれも可能だとして、では知的障害ではない卒業生に対しても、同じようなケアをするのか。同じようなケアができないのであれば、それは健常者の方が排斥されてしまうということになり、インクルーシブとは言えないのではないか。

などの疑問が湧いてきます。

クリエイティブスクールではだめなのか

神奈川県の公立高校には、もともとクリエイティブスクールというものがあります。クリエイティブスクールとは、中学校の成績は考慮されずまた学力試験も行わない、面接と作文のみで入試が行われる高校のことで、中学時代になかなか登校できなかった生徒や、学力不振により成績が低い生徒を主に対象としています。

インクルーシブの連携募集枠の選考方法も、クリエイティブスクールと同じ面接のみです。しかも、クリエイティブスクールは、支援を必要としている全ての生徒に対して、個別的に、早期に、段階的に支援する「支援教育」に軸足を置いた教育を行っている点からも、インクルーシブ教育と非常に通じるところがあります。

クリエイティブスクールにインクルーシブ教育連携枠を作るのではダメだったのだろうか、という疑問があります。

まとめ

今回このフォーラムに参加してみて、今までよく分からなかったインクルーシブ教育というものを、初めて自分のこととして真剣に考えるキッカケになりました。

ただ、ひとつ思ったことは、このフォーラムに参加したからこそインクルーシブ教育の存在や教育委員会がやろうとしていることが分かったのであって、フォーラムに参加していない、一般的な中学生やその保護者、地域の人は、インクルーシブ教育の存在も、その中身も、何も分からないままなのではないかということです。

県教委のやろうとしていることは認めます。素晴らしいとも思う。でも、もっと中学生や保護者に対してきちんと丁寧に説明するべきなのではないかと思いました。

最後に、パネルディスカッションのなかのパネリストの1人だった、現在企業に勤められている知的障害者の方の話が非常に印象に残っているので紹介しておきます。

僕は、小中学校では普通の学校の支援学級で勉強していたけれど、あまり友達もできずに楽しくなかった。でも小田原養護学校では、たくさん友達ができて、バスケやランニングの部活もやって、とても楽しかった。

インクルーシブ教育は、いったい誰のための教育なのだろうと、彼のこの言葉で考えさせられました。

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COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 2 )
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  1. 飾らない率直な意見が好きでいつも読んでいますが、今回の記事を読んでいて思った事は、同じようにインクルーシブって何なんですか?って感じでした。
    そもそも高校は義務教育ではないですし、仰るように同質の人間を集める場です。そのような状況下においてマイノリティに手厚いサービスをするためにマジョリティをないがしろにするならば、本末転倒ではないでしょうか?(話は飛躍しますが、このような考え方に嫌気がさした人々がダメ出しをしたのが先の米大統領選だったと思います)
    県や国は学校教育において新しい制度を次々に考え出しますが、本当に生徒達の事を思っての事というよりも、俺達はこれだけ色々考えてやってやってるんだよというパフォーマンス、あるいは施行者側の自己満足に感じる事が多々あるのは私だけでしょうか? 背伸びをしたい(させたい)のはいつも親(大人側)ですから(私を含めて)。

    • コメントありがとうございます。

      いつもよりかなり慎重に言葉を選びながら、この記事を書きました。私がインクルーシブ教育に対して、いまだに腑に落ちていない点も佐藤さんのご指摘の箇所と同じです。

      たとえば、茅ヶ崎高校は来春の通常募集の定員をかなり減らしてきています。もともと茅ヶ崎は倍率が1.4倍近い人気校です。昨年度もたくさんの受験生が不合格、つまり学力によって「排斥」されています。

      インクルーシブ枠を確保するために、さらに通常募集の定員を減らし、茅ヶ崎に行きたくても行けない受験生を増やすことが、「共生社会」だとはどうしても思えません。

      「施行者側の自己満足」。今回のフォーラムで感じたことはまさしくそれでした。

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