「学歴があるのにもったいない…」「学力があるのにもったいない…」の罪。

キッカケは質問箱への一通の質問メール

ブログのネタ探しになればとTwitterの質問箱を細々とやっていますが、今月のはじめに次のような質問が来ました。

私の質問箱には、受験生や保護者の方からはよく質問が届きますが、就活生から質問が届いたのはこの時が初めてです。幅広い方々に読まれているんだなぁと嬉しく思ったと同時に、「理系の修士が塾講師として就職するのはもったいない」という表現にひっかかりましたが、そこをグッとこらえてこのように返信しました。

理系の修士が塾講師として就職するのがなぜもったいないのかは不明ですが、他の企業を経験してから塾講師になるのは大賛成です。私はこの仕事に着く前は水産系商社の海外事業部で働いていましたが、その頃の経験は今の仕事に確実に活きていると感じます。

商社マンがなぜ塾講師になったのかは、140字ではとてもじゃないけど語りきれないので、今度飲みにでも誘ってください。5時間話します。

そしたらホントに北海道から好青年がやって来た!

先週、塾サイトのお問い合わせから1件のメールがありました。読んでみると、なんと質問をした人からでした。

メールには丁寧な文章で、「日曜日・月曜日でそちらへ行きます。図々しいのは承知ですが、お会いできないでしょうか。是非5時間話を聞かせてください。」という内容が綴られていました。しかも北海道から。

めちゃくちゃ衝撃的でした。いろんなところで「5時間話します」と言っているものの、それに対して本当に「5時間話してください」と訪ねてきた人は初めてです。しかも北海道から、わざわざこんな小田原まで来ると言っているのです。何としてでも会ってみたいと強く思いました。17日日曜日は教材研究会があるのでダメ、18日月曜日は新宿でセミナーの予定が入っていましたが、もちろん即キャンセル。月曜日に小田原で会うことになりました。

どんな人が来るのだろうと、まるで初デートのようにドキドキしながら小田原駅改札前で待っていたら、やって来たのはキラッキラの笑顔が素敵な超好青年。小田原で唯一の若者に受けるオシャレ居酒屋「RYO」で食事をしながら、私が都内の一部上場の商社を辞めて大手塾の講師になり、そこから神奈川の最果ての地で塾を独立した経緯などを4時間話してきました。

院卒なのに塾講師はもったいない…?

話を聞いていると、彼は個別指導塾でのバイト経験があり、合格可能性2%の生徒を2年間で引き上げて無事に志望校に合格させたこともあるそうです。試行錯誤しながらも、人の人生に大きく影響を与える塾講師の仕事に非常にやりがいを感じているとのこと。研究職を目指して大学院で研究をしていたものの、研究職よりも塾講師として就職をしたいと思うようになってきたそうです。でも、塾など教育業界を中心に就活を始めた彼に、周りの人たちは決まってこう言います。

「大学院まで出たのに、塾講師なんてもったいない」

「塾講師はいつでもなれるのに、わざわざ新卒の枠を使って塾に就職するのはもったいない」

確かに周りの人の気持ちも理解できなくもありません。「塾講師なんてもったいない」というの腹の中は、「高学歴なんだから色々な選択肢がある。塾講師よりももっと難易度も高く、給料も待遇も恵まれている会社に就職できる可能性もある。それにも関わらず塾講師を選ぶなんてもったいない。」ということなのでしょう。

しかし、色々な選択肢があるにもかかわらず塾講師を選ぶ、ということは、つまりはそれだけの強い理由があるということです。他にも多くの魅力的な選択肢がある中で、目先のお金よりも大企業という肩書きよりも、塾講師という仕事に魅力があるからそれを選んだのです。

一方で、本当は大企業で研究したかったのにできなかったから塾講師になった、他の職に就きたかったのに塾講師しかできないから塾講師になった、という人は、しょうがなく塾講師になっているのです。

どちらも結果は同じ塾講師。でも、学歴のある方が、いくつもの選択肢の中から塾講師を選んだ分、圧倒的な自由があります。そして積極性があります。どちらが自由に自分の人生を歩いているか、そしてどちらが塾講師として将来性があるか、大成しやすいかは、火を見るよりも明らかでしょう。

学校選びでも同じ

これは高校や大学選びでも同じようなことが言えます。偏差値や学力的にはもっと上を狙えるのにもかかわらず、あえてそこに行かない子がたまにいます。そういう子に対して、人は、北海道の彼の周りの人と同じように、「もったいない」という表現を使います。「あなたの成績ならもっと上を目指せるのにもったいない」と。

しかしこれも先ほどの「塾講師」を選ぶのと同じです。

同じ学校に行くにしても、膨大な選択肢の中からあえて選んだ人と、そこにしか行けなかったから、あるいは他に行きたいところがあったのにその学校に来た人と、どちらの人の人生に自由がありますか。どちらの人に積極性があるでしょうか。

高い学歴や学力を備えるということ

学歴があるのにもったいないのではないのです。
学力があるのにもったいないのでもないのです。

学歴や学力がある人がそれらに縛られる必要はありません。学歴があったからこそ、学力があったからこそ、積極的に選べるのです。自由に生きていけるのです。だからこそその学校で、あるいはその職業で、成功しやすくなるのです。

だからこそ「もったいない」はこう言い換えることができます。

学歴があったからこそ、自分で塾講師という道を選ぶことができた。
学力があったからこそ、自分の意思でこの学校を選ぶことができた。

と。

私信

修士までとったことで自分の可能性を大きく広げたからこそ、このような「贅沢」な職業選択ができていることは、何も勿体無くはない。むしろ誰よりも自由で贅沢な道を生きています。他人の意見に振り回される必要はありません。

この仕事は奥が深いです。そして先生のおっしゃる通り、人の人生に大きく関わるやりがいのある仕事です。だからこそ面白いし、だからこそ責任もあるし、だからこそ勉強し自分を磨き続けなければいけない仕事です。

そしてうちのような小さい塾は、大手塾と比べてこれまた圧倒的に自由です。好きなことを好きなタイミングで誰に縛られることもなく自由にできる。会社という組織や、もはや塾という枠組みにもとらわれることもありません。ただ、だからこそ大手塾以上に責任も伴うし、だからこそ大手塾の社員以上に勉強し続けなければいけない仕事です。喜びも責任も人一倍大きいです。

是非良い塾の先生になってくださいね。そして先生さえよければ、是非うちに来て下さい。煌びやかな建物もないし、最新の実験設備もありません。この時期になれば羽アリが飛び交っているような田舎です。でもここには、他のどこより夢と希望と、自信と野望があります。こんな田舎から全国に勝負を挑むのも、この片田舎から無限に広がる可能性に賭けてみる人生も面白いと思いますよ!

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