先日、神奈川県私塾協同組合の活動の一環として、公立高校の頂点に君臨する「横浜翠嵐高校」を訪問し、長濵副校長先生に直接お話を伺う機会をいただきました。
事前に質問状をお送りし、それに対して一つひとつ丁寧にご回答いただくという、濃密な取材形式での訪問です。
上位校を目指す中学生や保護者の皆様にとって、貴重な「翠嵐の今」をお届けできると思います。単なる学校説明会では聞けない、塾長の視点から切り込んだレポートです。
校門で感じた「別格」の空気



横浜翠嵐高校の正門に到着した瞬間から、私はその「空気の違い」に圧倒されました。
正門の両脇には、ためらうことなく掲げられた数々の横断幕。「俳句甲子園全国大会 優勝」「科学の甲子園 全国大会出場」 「化学グランプリ 銅賞」 「物理コンテスト 銀賞」などなど。
運動部の顕著な活動実績がよく掲げられているのが「普通」なのですが、こうしたアカデミックな分野での全国レベルの活躍が、この学校の「普通」であることを示しています。
さらに驚いたのは、校門前の掲示板です。 そこに張り出されていたのは、なんと進路実績。 同校の輝かしい大学合格実績が、誰の目にも触れる「校門の外」に向けて掲示されているのです。私はこれまで数多くの高校を訪問してきましたが、進路実績を校外の、それも公道に面した位置にまで掲示している学校を、翠嵐以外に見たことがありません。
これは、実績に対する圧倒的な自信の表れであると同時に、「我々はこれだけの結果を出す学校である」という、地域社会と未来の翠嵐生に対する強烈なコミットメント(約束)でもあると感じました。
長濵副校長先生に聞く「翠嵐の強さ」
校舎内に入り、長濵副校長先生との質疑応答が始まりました。私たちが最も知りたかった「翠嵐の今」について、非常に率直にお話しいただきました。
Q1. 昨今増加する「総合型選抜」への対応は?
昨今の大学入試改革で、一般入試(学力試験)以外の、いわゆる「総合型選抜」や「学校推薦型選抜」の枠が増加傾向にあります。翠嵐高校がこの流れをどう捉えているかは、保護者の皆様の関心も高い点だと思います。
<A. 副校長先生のお答え>
- 2025年の入試において、東京大学の学校推薦型選抜で1名が合格しました。これは、横浜翠嵐高校としては2年ぶり3人目の快挙であり、非常に喜ばしいことでした。
- このように、生徒が自らの強みを活かして挑戦し、結果を出すことについては、学校として全面的に応援していきたいと考えています。
- しかし、大前提として、学校全体で「総合型選抜に戦略的に取り組んでいこう」という考えはありません。 あくまで、一般入試に対応できる本質的な学力をきちんと身につける、という学校の根本的な方針に変化はありません。
「一般入試で戦える圧倒的な学力(知性・教養)こそが、結果的に総合型選抜でも通用する」という、王者の哲学を感じました。
東大の総合型合格は、あくまで「翠嵐で真面目に学力を追求した生徒」が、その副産物として手にした「もう一つの武器」で合格を掴んだ、ということです。このブレない姿勢こそが、翠嵐の強さの根幹にあると感じました。
Q2. 他校にはない「横浜翠嵐ならではの独自性・強み」とは?
2025年の横浜翠嵐の東京大の合格者数(現・浪合計)は74名。これは全国の高校で第8位。公立高校では日比谷高校に次いで第2位です。現役合格者に限っていえば、全国の高校で第3位となり、日比谷高校をも上回る快挙です。なぜ翠嵐は、ここまで圧倒的な実績を出し続けられるのか。その秘密に迫りました。
<A. 副校長先生のお答え>
- 最大の強みは「組織力」です。約10年前、当時の校長先生が「学力をきちんと身につけさせて、高い進路実績をあげていこう」という明確な舵を切りました。それ以来、学校全体がその方針に向かって組織的に実践を積み重ねてきた歴史があります。
- 具体的には、「職員が進路指導に対して同じベクトルを共有している」ことです。職員がそれぞれ別々の方向を向いているのではなく、学校全体が組織として、高いレベルの進路指導にあたっています。
- また、翠嵐高校は「学力向上進学重点校」に指定されています。高い進路実現を図るために、私たち教職員は創意工夫をしながらよりよい授業づくりに取り組んでおり、手厚い指導体制が実現できています。
- もう一つの強みは「設備」です。文科省の「DXハイスクール」にも指定されており、レーザーカッターや3Dプリンターといった最新の機材が導入されています。これらを科学部が活用し、大会で成果を出すなど、生徒の知的好奇心に応える環境が整っています。
「組織力」と「同じベクトル」という言葉が印象的でした。公立高校はどうしても教員の異動があるため、特定の個人の力に依存すると、学校として行うべき教育活動の方向性にブレが生じることが多々あります。しかし翠嵐は、この10年間で根幹となる強固で組織的な進路指導体制を確立したとのことです。
先生方が「翠嵐の生徒をどう育てるか」というビジョンを完璧に共有している。だからこそ、学校全体として高いレベルを維持し続けられる。この持続可能な強さこそが、他校が容易に真似できない翠嵐の核心部分だと思いました。
Q3. 日々の授業や課題は、実際どう?
翠嵐といえば「課題がとにかく多い」と聞きますが、その実態と、授業で目指すものについて伺いました。
<A. 副校長先生のお答え>
- 課題は、各科目ともかなりの分量が出されています。ただ、生徒の状況を勘案しながら、教科間の課題量のすり合わせを行っている学年もあるようです。
- 特に数学の進度は非常に速いです。これは、大学受験において中高一貫校の生徒たちと同じ土俵で戦うことを強く意識しているためです。具体的に言うと、理系の生徒は、2年生で数学Ⅲ・Cの内容をほぼ終えているイメージです。
- 私たちは「生徒の心に火をつける」を合言葉にしています。教師陣は、そのための授業準備に相当な力を注いでいます。
- 授業作りにおいて意識しているのは、「一番できる生徒を飽きさせない」ことです。常に高いレベルの刺激を与え続けます。一方で、もちろん個別の対応が必要な生徒へのフォローも欠かしません。
教科間の調整なしに、各教科が「生徒を伸ばすために必要」と判断した最大限の課題を出す。生徒たちは、それを(おそらく最初は悲鳴を上げながらも)やり遂げていく。
高2で数Ⅲ・Cがほぼ終わるという進度は、まさに私立中高一貫校のトップ層と同じスピードです。これを高校入学組だけで実現している事実に、翠嵐の本気が表れています。
そして、それを可能にするのが「生徒の心に火をつける」という教師陣の情熱です。ただ膨大な課題を出すスパルタなのではなく、授業の質と熱量で生徒の知的好奇心を刺激し、モチベーションを高める。だからこそ、生徒は「やらされる」のではなく、「自ら走る(自立・自走)」状態になるのでしょう。
「一番できる生徒を飽きさせない」レベルの授業についていきながら、膨大な課題をこなし、個別フォローも活用しつつ、学習の「自立・自走」を図る。これが、翠嵐における「きわめてスタンダードな学習スタイル」といえます。生半可な覚悟ではついていけない、しかし、乗り越えた先にはとてつもない成長がある。そんな環境であることがよく分かりました。
Q4. 翠嵐独自の「進路指導」について教えてください。
東大合格者74名(2025年入試)という驚異的な実績は、どのような進路指導から生まれるのでしょうか。
<A. 副校長先生のお答え>
- 特徴的なのは、高校2年生の12月に「第一志望校宣言」を行うことです。「どこを目指すのか」「なぜそこを目指すのか」を熟考し、紙面上に記入することで明確にします。それを保護者と教師とも共有し、宣言した大学を目標に、そこから逆算して受験勉強に本格的に取り組んでいきます。
- 翠嵐ならではの雰囲気として、「頑張って東大を目指す」というよりは、「自然と東大を目指す」空気が醸成されている点が挙げられます。この「当たり前の基準値の高さ」が、2025年入試での東大合格者74名という結果にも影響していると考えています。
- 一方で、海外大学などには、現状では生徒から希望があれば個別の対応をしていますが、学校として、海外大学への進学希望者を増やそうとする積極的な取り組みは考えていません。
「高2の12月」というタイミング、そして「紙面に書く」「共有する」というプロセスが非常に効果的だと感じました。これは、生徒自身の覚悟を決める儀式です。
そして、最も印象的だったのは「自然と東大を目指す」という言葉です。
多くの学校では、東大はとてつもなく高い目標であり、頑張って目指すものです。しかし翠嵐では、周囲の友人たちが当たり前のように東大や難関大を口にする。その環境に3年間身を置くことで、「自分も当然そこを目指す」というマインドセットが作られていく。
この「環境の力」こそが、翠嵐の最強の武器かもしれません。高い志を持つ仲間たちと、それを全力でサポートする組織的な教師陣。この環境が「当たり前」の基準値を引き上げ、74名という圧倒的な数を生み出しているのです。
Q5. 横浜翠嵐の「これから」について教えてください。
最後に、翠嵐高校が今後目指していく姿について伺いました。
<A. 副校長先生のお答え>
- 翠嵐の方針は、今までも、そしてこれからも変わりません。
- それは「真のトップリーダーの育成」です。
大学合格はゴールではなく、あくまで通過点。その先で日本の未来を牽引していく「真のリーダー」を育てる。この揺るぎない教育方針が、翠嵐のすべての教育活動の根幹にあることを再確認しました。
まとめ
今回の訪問で、横浜翠嵐高校がなぜ神奈川県公立高校の「絶対王者」であるのか。その理由が明確になりました。
- 「学力」への一切の妥協のなさ(一般入試重視、高速高密度の授業)
- 「組織力」による指導体制(全教師が同じベクトルを共有)
- 「環境」が作る高い基準値(「自然と東大を目指す」雰囲気)
これらが高次元で融合しているのが、今の横浜翠嵐高校です。
長濵副校長先生のお話から一貫して感じたのは、「自立・自走できる生徒」を育てるという強い意志です。
翠嵐は、手取り足取り面倒を見る学校ではありません。むしろ、圧倒的な課題と高いレベルの授業という「負荷」を与え、それを乗り越えようともがく中で、生徒が自ら考え、学び、走る力を身につけていく場所です。
この環境は、すべての子に合うわけではないかもしれません。しかし、「日本トップレベルの環境に身を置き、自分をとことん高めたい」と願う生徒にとっては、これ以上ない最高の3年間を約束してくれる場所でしょう。
横浜翠嵐高校、および貴重なお時間を割いてくださった長濵副校長先生に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
