私は生徒に本音をズバズバ言うタイプなのだが、それでも本音を言っていいものかと躊躇してしまうときがある。それは、生徒面談で「将来の夢は野球選手です」とか、「将来はアイドルになりたい」とかという夢を語られた時である。相手が小学生ならば、「そうか、頑張れよ」と(一応)励まし、「子どもってやっぱり無邪気だな」と目を細めていられるのだが、相手が中学生になると本当にどうしようかと思う。
「お前は本気で言っているのか?もっと現実を見ろよ。そもそもプロのスポーツ選手やアイドルになろうって子は、お前が今塾に来て勉強している間にも、死にもの狂いで練習してんだぜ?休日も寝る間も惜しんで練習漬けになったとしても、プロとして喰っていけるのなんてほんの一握りの人間だけなんだぜ?」と本音をズバズバと言ってしまったら、その子の夢を否定することになりかねないし、でもその子の進路指導に関わる身として、「そうか、なれるといいね。頑張れよ。」と無責任極まりない発言はできない。
猫ギターさんのブログにて、そのことに書かれているエントリを発見。
子どもがスポーツ選手や芸術家になりたいと言ったら-猫ギターの教育論より
こうして、小説家や芸術家やスポーツ選手は、ひと握りの億万の財産を稼ぐ成功者と、日々の生活に困るその他大勢に分かれる。勝者と敗者のコントラストが激しい。成功するのは0.1%である。
逆に勉強の世界のいいところは、別に一番なんかにならなくても、将来ふつうに生活できることである。子供が勉強嫌いになるのはわかるが、勉強というのはやり方さえ間違えなければ、誰でも将来メシが食えるようになれる、一番安全で簡単な手段である。勉強の道が舗装された道路なら、芸術家は獣道である。
オンリーワンをめざして、芸術の世界に飛び込む人間は、芸術家同士の競争の中でナンバーワンにならなければ生活できないが、凡人が努力すれば何とかなる勉強の世界は、別に「ナンバーワンになんかならなくても」生きていけるのである。
気になったので、サッカー選手とプロ野球選手になれる確率を調べてみたら、プロ野球選手に関しては、15歳から24歳までの競技人口229万4000人の中で、プロになれる人数は毎年たった68人くらいなのだそう。確率にしてなんと3万3735人に1人。プロサッカー選手では、15歳から24歳までの競技人口236万4000人の中で、プロになれる人数は毎年121人。その確率は1万9537人に1人。しかも、俗に成功しているという「1億円プレーヤー」と呼ばれる選手になると、野球選手で全体の80人、サッカー選手では全体のたった4人だけという。(参考:FOOT×BRAIN~サッカーと野球を職業として比較)
一方で、勉強における日本のナンバーワンと言えばやはり「東京大学」である。この東京大学に入れる人数は、全学科合わせて毎年3000人程度。全国の18歳の人口がだいたい120万人くらいだから、東大に入れる確率はなんと約400人に1人!東大出身ではない私が言うことでもないが、先程のスポーツ選手とは比べものにならないくらい簡単だということが分かる。
しかも、猫ギターさんのブログにもあるように、こと勉強に関しては別に東大に入らないと飯が食えないということでもない。東大に入れなくても京大や旧帝大レベルなんかでも、十分飯が食っていけるし、早慶やMARCHレベルでも別に露頭に迷う人生にはならない筈だ。
スポーツで飯を食うためには突き抜けた才能と強運が必要だが、勉強で飯を食うためには突き抜けた才能も強運もなくていい。そう考えたら、勉強ってなんて凡人に優しいのだろうか。
突き抜けた才能を持ち合せていない学生諸君。
とにかく勉強しなさい。何でも良いから成績を上げまくって、ひとつでも偏差値の高い学校に行きなさい。「俺なんて特に才能もないし」と卑下していてはいけません。スポーツは努力ではどうにもならないけれど、勉強はある程度は努力でどうにかなります。
才能がないから、勉強するんです。
才能がなくても、勉強しておけば、やりたいことがそれなりにできるようになるんです。