【足柄高校訪問レポ】最先端のインクルーシブ教育の現状と実際を伝えようと思う。

今日は南足柄市にある足柄高校を訪問してきました。足柄高校といえば、県内に3つあるインクルーシブ指定校のうちの1校としての取り組みが今年度から本格的に始まっています。神奈川県内の公立高校におけるインクルーシブ教育の最前線を知ることが、今回の訪問の一番の目的です。

インクルーシブ教育とは結局何なのか。実際はどんな授業をしているのか。インクルーシブ枠以外の生徒にはどんな影響があるのか。その辺りを中心に、校長の笹谷先生、副校長の澤田先生にお話を伺ってきました。

そもそもインクルーシブって何?という人は、1年前に私がインクルーシブ推進フォーラムに参加した際にまとめた記事をご参照ください。
参照:結局インクルーシブ教育とは何なのか。疑問点と一緒に説明してみる。

インクルーシブ教育が本格的に始動

2017年2月に行われた足柄高校の入試では、通常の募集枠以外に「連携募集」という形で、軽度の知的障がいのある生徒を募集した。21名の「連携枠」に対して応募者が8人、合格者も8人。

連携募集枠の入学者選抜は、調査書による選別や学力試験は行われず、面接のみで選考される。「なんだ面接だけか。ずいぶんと優遇されている入試だな」と思う人もいるかもしれない。もしくは、「面接だけで本当に適切な選考が出来るのだろうか」と疑問視する人もいるだろう。

笹谷校長はこのようにおっしゃった。

「連携募集枠の対象者は、足柄高校の体験授業や説明会、学校行事への見学などが義務付けられています。これらに参加するために、ゴールデンウィークを過ぎたあたりから何度も足柄高校に足を運び、色々な体験をしながら、本校が自分に合うかどうかを1年かけて吟味するのです。入試の面接は、その過程の最終段階に過ぎません。そういう意味では、本校に入学するまでの過程は、もしかしたら通常の募集枠の受検生よりも大変だと言えるかもしれません。」

校長先生のお話によると、連携募集枠の対象者であっても、その過程の中で足柄高校以外の道を選択する中学生も一定数いるのだそう。

インクルーシブ教育の現場

「今日は是非実際の足柄高校の授業をご覧ください」と、校長直々に提案があった。公立高校の訪問で、実際の授業の現場を見せていただけるのは実は大変珍しいことだ。だいたいの公立高校では、会議室には通されても、授業を見て回るのは嫌がられる。

校長、副校長と一緒に、1年生の教室をいくつか見て回ったのだが、結果から言うと、目の当たりにした授業光景に非常に驚いた。特に驚いたのが以下の3点だ。

少人数クラスに先生2人体制

まず、教室にいる生徒数が他の高校よりも圧倒的に少ない。基本的に足柄高校は1クラス35人と、この時点で他の高校よりも少ないのだが、英語数学などの習熟度別授業では、なんと生徒が25人ずつになる。習熟度別少人数授業は他の高校でも見られることだが、足柄高校で特筆すべき点は、この少人数授業に補助教員がつくということだ。

早い話が、ただでさえ少人数の授業に、先生が2人いるということである。一人の教員が教卓で全体に授業をしている間、補助教員は全体を見回りながら、理解が薄い生徒や補助が必要な生徒を個別で対応する。この補助教員は、「障がいのある生徒専門の先生」というわけではなく、障がいの有る無しに関わらず、補助が必要な生徒に対応するとのこと。ちなみに、障がいがある生徒がいないクラスも同様に先生2人体制で授業が行われていた。

他校と比較しても、真面目で落ち着いた授業

障がいがある生徒が3名いるクラスにも案内された。そこでは、世界史のテストの最中で皆黙々と取り組んでいたのだが、非常に静かで落ち着いてる。キョロキョロしている生徒も、落ち着きのない生徒も、騒ぎ出す生徒も、立ち上がる生徒も一切いない。こういう表現が正しいのか分からないが、一見すると「普通のテストの光景」だ。どの生徒が障がいを持っているのかもさっぱり分からない。

というより、インクルーシブ云々を抜きにしても、足高の生徒がとても真面目で静かに授業を受けているその光景にもビックリした。他の公立高校と比べても、机に突っ伏して寝ている生徒や隣の人と喋っている生徒もほとんどいない。これもティームティーチング(先生2人体制)の影響なのだろうか。

取り出しで行われているのも「授業」

最後に案内されたのが、いわゆる「取り出し」が行われていた教室だ。英語や数学など少人数クラスでもついていくのが難しい場合、「リソースルーム」と呼ばれる別教室で2人〜数人のグループで授業を受ける。私が見学したときも、生徒3人と先生2人で数学の三角関数の授業が行われていた。この授業での生徒たちは、3人とも障がいがある生徒だという。

もちろん内容は本当に基礎的なものだったが、教えられていたのはちゃんと高校数学の三角関数だった。「先生ここはどうなるの?」「これ分かんない」と先生に質問しながら授業を受けている姿は真剣そのもの。そしてその質問に対して親切に答えている先生の姿も、“障がい者に対しての支援”ではなく、“高校生に対しての授業”そのものだった。

障がいのあるなしにかかわらず、分からない子にここまで丁寧に教える公立高校は果たしてどれだけあるのだろう。ハンデを背負っていても、「学びたい」という生徒の欲求に応える制度を整えている公立高校は、果たしてどれだけあるのだろう。そしてこれが、公立高校のあるべき姿なのではないだろうか。

私は、この生徒3人と先生2人の教室で、公立高校のあるべき姿を見た気がした。

結局インクルーシブとは

「4月に8人の生徒を受けて入れてからこの半年間で、分かったことがあります。それは、障がいのある生徒を受け入れることによって、当初は心配していた授業の混乱は起きないということ。また、彼らの中で進学志向が日に日に高まってきたということ。そして、生徒同士のイジメなどの交友関係のトラブルはないということです。」と校長先生はおっしゃった。

「他の生徒と一緒に卓球部や陸上部に入って活動したり、中には生徒会の事務局をやっている子もいます。『この学校に来て、部活をしたりクラスで勉強ができたりして、友達ができた』と嬉しそうに言う子もいます。中学の時は、希望する部活にも入れない子もいたようですから。そして周りの友達と同じ教室で学ぶ中で、パティシエの勉強をしに、または自動車整備士の資格を取りに専門学校に行きたいと、進学に対しての目標を語り始めています。」とも付け加えられた。

今回、足柄高校を訪問し、校長先生に色々なお話を伺い、自分の目で授業の様子を見ることで、ようやくインクルーシブの意味が分かった気がした。

インクルーシブ(inclusive)という単語は、「すべてを含んだ、包括的な」という意味である。足柄高校のインクルーシブ教育は、障がいがある子も無い子も、同じ校舎で、同じ教室で、同じ足柄高校生として共に学ぶ。先生2人体制のティームティーチングは、障がいのある子だけに特化したものではなく、クラス全員を見守る制度だ。授業に付いていけない子、制度からはみ出る子を排斥するのではなく、柔軟に対応しながら一人一人の学ぶ意欲に応えていく。

障がい者に特定しているのではなく、障がい者も健常者も、大学に進学したい子も三角関数を理解するのが精一杯の子も、誰もが平等に受け入れられる学校。それがインクルーシブ教育なんだということが、今回の訪問でストンと自分の中に落ちた。

最後に、非常に感銘を受けた校長先生の言葉を紹介しようと思う。

「知的障がいを持つ生徒にとって、本校は決してユートピアではありません。一人の足高生として高校生活を送るのです。養護学校に行くよりも、大変なことに出くわすこともあるでしょう。もしかしたら厳しい経験もするでしょう。私は、この子たちを、『障がい者』としてではなく、他の生徒と同じように普通高校を卒業した生徒として、就職なり進学なりをしてもらいたい。そうできる生徒に育てるのが目標です。」

笹谷校長先生をはじめ、足柄高校の先生方の熱意に、胸を打たれた訪問になった。