国語ができない子は何が分からないのかを、入試論説文から検証する。

この記事でいただいたコメントに記事のアイデアのヒントを得たので、今日は神奈川県公立入試の国語について書いてみたいと思います。

最初に断っておきますが、このブログを書いている私自身は国語の担当講師ではなく、この記事の見解は全てうちの担当講師の見解です。今までにも国語に関する記事や国語力アップの方法の記事をたくさん書いてきましたが、それらも全て国語の担当講師が、出口先生や福島先生のセミナーなどに足繁く通い、研究してきた事項を、私が代筆しているだけです。

公開セミナーなどを開くと、どういうわけか国語のプロフェッショナルのように思われて、国語に関する質問がわんさかきたりするのですが、このブログの文章を読んでいただいてお察しの通り、私は国語のプロでも何でもありませんので誤解なきようお願いします。

国語ができない子は何が分からないのか

まず、「国語ができない」とは、具体的にどういうことかということから考えていきましょう。一口に「国語ができない」と言っても、その原因は多岐に渡ります。

2017年度の神奈川県公立高校の入試問題の論説文を題材に、国語ができない理由を考えていきます。まずは下の文章を読んでください。

 それを「半市場経済」としているが、経済の展開と社会の創造が一体化しうる経済のかたちを発見することである。この試みは、経済に一定の倫理性を要求することにもなる。なぜなら、経済は何のためにあるのかを考えること自体が、経済倫理の追求でもあるからである。今日、経済倫理として語られている、たとえば企業のコンプライアンスの問題というような次元で終わらせるのではなく、経済と社会の関係をもう一度検討し直していこうという倫理性が求められるといってもよい。
 こうして、社会の一要素として経済をとらえるという課題が生まれてきた。経済を私たちの生きる世界の道具として再構築するという課題が発生してきたのである。経済のあり方と社会の創造を一体的にとらえていく必要性が、である。(2017年度神奈川県公立高校入試問題 問4より抜粋)

ことばが分からない

「国語ができない」と言う多くの生徒が陥っているのが、語彙力不足です。語彙力が不足している中学生が上記の論説文を読んだ場合、もう1行目でアウトです。

“経済の展開と社会の創造が一体化しうる経済のかたち”…「社会の創造?」「一体化?」「しうる?」などの言葉の意味があやふやのため、文章の内容が頭に入ってきません。ちんぷんかんぷんのまま2行目を読むと、“経済に一定の倫理性を要求”…「イッテイノリンリセイッテナンデスカ??」となり、もう無理だ、この文章意味分からないと、読むことに対して拒絶反応が起こります。

語彙力不足の子は本など活字を読むこと自体嫌がるのですが、その原因のほとんどが、この拒絶反応によるものです。活字の文章を理解する最初の障壁になるのが、ことばの難しさなのです。

語られているテーマが分からない

論説文で語られているテーマに対しての背景知識があるかどうかによっても、理解度はかなり違ってきます。上記の2017年度の神奈川の論説文は、内山節の「半市場経済(角川新書)」からの出題であり、語られているテーマは「行き過ぎた市場経済と非市場経済とのちょうど間にある、共創社会を目指そう」という類のものです。「市場経済」や「非市場経済」という言葉がどんな意味合いを持つのか、その言葉の背景を知る人であれば、筆者である内山節が何を言わんとしているのかが大体推測できてしまいます。テーマの背景が分かっているので、内容もどんどん頭に入ってくるし、何となく話の展開も見えてくる。

一方で、「市場経済って何ですか」「倫理って何ですか」というような、テーマの背景知識がゼロの人にとっては、難解きわまりない文章となります。

高校入試でよく出題される論説文のテーマは、「言語・文化系」、「哲学・思考系」、「科学系」、「読書・芸術系」、「社会・経済系」の5つです(参考:2017年全国高校入試国語出典本を調査してみた件)が、語られている内容のテーマについて基本的な概念なり背景を知っているかどうかで、読みやすさと理解がまるで違ってきます。

塾生を見ていても、国語ができる子は物知りな子が多いです。時事問題にも敏感だし、いろんな雑学を知っている。一方で、時事問題にも疎く、世の中のことをあまり知らないような子はだいたい国語もできません。

論理的な読み方が分からない

もしもテーマに関する知識が不足している場合でも、論理的に文章を読み解くことができれば、問題を解くことができます。

たとえば、上記の文章の下線部「経済に一定の倫理性を要求する」とはどういうことかが選択問題として問われていますが、その選択肢を見てみると、

1.社会にとって企業が必要であると認められるには、法令などを守り、そこで働く人々にも社会性を身につけさせることが求められているということ。
2.社会において経済を活性化させるためには、経済の動きを視覚的に整理して人の配置や品物の流れを再構築することが求めらているということ。
3.経済を市場の論理だけで展開するのではなく、社会の中の一つの要素として経済がどうあるべきかを考え直すということが求められているということ。
4.経済の独自の論理を展開するなかで、行きすぎた開発を見なおして、環境の保全と人々の利便性との両立を図ることが求められているということ。

もちろん、答えは3です。この文章のテーマに対する理解がある大人は、文章を読まなくても選択肢のみを読むだけで答えが3だと分かるでしょう。

テーマの知識がない人は、これを論理的に読むことで解きます。この「論理的に文章を読み解く」ことが、国語という科目の本質とも言えます。ちなみに神奈川の国語の場合、選択肢と本文の内容を線を引きながら照らし合わせて、本文に書いてあることを含む選択肢を選べば良いだけなので、そこまで高い論理力は求められません(だから神奈川の国語は簡単なのです)。

国語ができるようになるために

では、国語ができるようになるために、どのような勉強が必要なのでしょう。要は、上記3つの「分からない」を潰していけば良いのです。

ことばが分からないを潰すために、語彙力を増やす。
参考:語彙力がないとできないことと、語彙を増やすためにできること。

テーマに関する理解を深めるために、幅広い知識を本から吸収する。
参考:2017年全国高校入試国語出典本を調査してみた件
↑うちの塾の本棚から色々な新書や小説を積極的に借りて読む生徒の国語力は、日に日に良くなっていっています。

そして論理的な読み方、選択肢と本文を照らし合わせながら読む読み方を勉強する。

この3つを地道にやっていくことで、国語はできるようになります。ただ、国語が数学や理科など他の科目と異なる点は、時間がかかるということです。語彙1つとっても、英語であれば高校入試レベルだと1400語程度を覚えるだけで何とかなりますが、国語の語彙数はというと20000語程度にも及びます。英語と比べると桁外れです。

数学の計算のように、手っ取り早くできるようになる方法もありません。しかし地道に、語彙を増やし、読書を通じて見識を広げ、論理的な読解法をマスターすることで、少しずつ、でも着実に国語はできるようになります。

国語ができない子の受験の戦法については、またいつか記事にします。

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